しかしもかかしもない。

未練ごころを 捨てる季節はずれの 女ひとりの旅です・・・(田川寿美『女…ひとり旅』より) Neither Shikashi nor Kakashi!!

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■ 古田兼任監督へのレクイエム

ヤクルトの古田監督は来期、監督専念か退団のどっちからしい。

このまま終われば古田のプレイングマネージャー挑戦は
大失敗だったと言われるに違いない。

古田については、監督就任直後に阪神の岡田監督が
「さっさと引退して監督に専念したほうがいい」とかなんとか
言っていたのが腹立たしくて、こんな記事を書いたことがある。
岡田ねぼけんな(2005.12.13)

さらに、屯田八郎が「しかしもかかしも~」以前に書いていた
日記風のウェブサイト(NHKとかでよくこの言い方出てくるよね)の名前が
「代打、俺。」だったりして、かなり古田に肩入れしていたんだ。

まあ、終わってみれば岡田監督に惨敗を喫した形なんだけれども。
古田ってば監督業マジメにやりすぎたと思う。もっと自分勝手に、
おれ打撃練習だからミーティングやっといて、とか言えばよかったのに。

「代打俺」は去年と今年の古田がらみでずいぶんメジャーな言葉に
なったけれども、これがなぜ人の心を惹きつけるかといえば、単純に
「監督が自分で出てきて打ったらカッコイイよな~」という新しい形の
ヒーロー出現の期待、とかそんな感じ?(どうでもいいかもしれないけど)

でも、そういうのだったら、おれが古田にやってほしかったのは
代打俺じゃなくて、

「代走、米野」

なんだ。

8回ウラ、第四打席でツーベースヒットをかっ飛ばした古田監督は、
二塁ベース上でタイムを要求して球審に代走を告げ、ベンチに戻りました。


絶対こっちのほうがカッコイイって。1年目はたぶんコレができたはず。

兼任2年目はこうだ。

右肩痛をおしての出場が続く古田兼任監督、打率は2割2分台と低迷して
いますが、前日まで8番だった打順を今日の試合では6番に上げてきました。
これは何かあったんでしょうか、解説の掛布さん?

さあ、復調の兆しのようなものは見えませんけどね。。。

おーっと古田初球打った!打球はセンター前に抜けるタイムリーヒット!
やぁ驚きましたね掛布さん、やはり監督自身きょうはいけるぞ、という
手ごたえがあったんでしょうか?

どうなんでしょうねー


とかさ。

それで、3年目くらいからいよいよ衰えて、先発出場も半分くらいになって、
そこで初めて「代打、俺」があって、4年目になるともう「代打、俺」も
ほとんどファンサービスみたいになってしまって、古田さんもういいよって
みんなが思う頃に引退する・・・

兼任監督って、古田みたいに「実績」も「チームメイトからの信望」も
「監督適性」も申し分ない、野球界の宝のような選手に許される、
ファンとゆっくりお別れができる制度じゃないかと思っていたのになぁ。

1年目からあんなに老け込んじゃダメだ。残念!

■ 40歳を過ぎてなお…

27日の巨人-オリックス戦。

延長戦でタフィー・ローズが古巣巨人への恨み(?)を込めた
特大ホームランを放ち、オリックスの勝利に終わった試合だった。

しかし同点の11回表に登板し、初球ストレートすっぽ抜け、2球目フォークすっぽ抜けの
デッドボールでラロッカを塁に出し、ローズへの初球真ん中高め、打ちごろの
ストレートを投げて試合を終わらせた上原はなんだったんですか。


この試合、オリックス先発ユウキの後を受けたリリーフ左腕・吉田修司が、
小笠原、李スンヨプを三振に切って取るなど好投して見せたのだが、
それについてアナウンサーがヘンなことを言った。

やはり、このあたりが40歳を過ぎてなおベテラン!といった投球術なんでしょうね。

・・・多分彼は、40歳を過ぎてなお現役!の投球術と言いたかったのではないか。

40歳を過ぎてベテランとか、普通だし。

■ 死んでもラッパを放さない2

先週(5/20)の球界ご意見番。

ソフトバンク・多村が二塁に滑り込んだ際、三塁手からの送球が急所を直撃!
多村は二塁ベースに手を置いたまま悶絶・・・という「今週の痛っ!」で、
まずハリさんが「痛くてもベースから手を放さなかった」ことに対して
「あっぱれ!」

間髪入れずに親分が
「死んでもラッパを放さねぇって言うじゃねぇか」

親分、かなりお気に入りと見た。

参考(4/9記事)

■ 岡島の話し相手

レッドソックス岡島、月間MVPおめでとー!

メジャーデビュー前に活躍を予言したNSK的にも鼻が高(もういいから)

一方、おととい4勝目を挙げて多少おさまったかもしれないが、
かの地でバッシングにさらされつつあるのが怪物こと松坂。

ボストンの新聞曰く、「松坂は年俸に見合う活躍をしていない。もっとも、
レッドソックスが120億円を投じて岡島の話し相手を雇ったというなら話は別だ」と。

松坂 = 120億円の岡島の話し相手

これはすごい。

しかし、野球においてベンチでの話し相手というのは意外と重要ではないかと思う。

古くは、清原の話し相手を一身に引き受け影のMVPと言われた西武・大塚。

ジョンソンは阪神タイガースで、尊敬するメジャーリーガー・ブロワーズと
チームメイトになりハッピーだったが、及第点の成績を残すジョンソンに
対してブロワーズは振るわず解雇。さびしくなったジョンソンも成績が急降下、
前半戦18本塁打に対し後半戦わずか1本塁打!に終わったのも有名な話だ。

まあ、どっちがどっちの話し相手でもいいじゃないか。
そんなに腹立つなら60億円ずつで松坂と岡島を獲得したことにすれば?

さて、屯田八郎が岡島の魅力を力説する際に、ほぼ毎回引き合いに出すのが
「トニー・タラスコの表情」である。

タラスコは2000年に阪神に在籍した外国人。その年優勝した巨人の
リリーフエースだった岡島と初対決の打席、2球目くらいだったと思う。

心眼投法から、あの伝家の宝刀“天井裏カーブ”でストライクを取られた
タラスコは、あっけに取られたような顔をした。

え、ウソ・・・なにこれ・・・みたいな。

そのまま三振に倒れたタラスコは、アメリカ人がよくやる両手を上に向けて
肩をすくめる例のしぐさをしながらベンチに戻ったのである。

この話、あんまり信用されなくて困っていたのだが、さっきついに
同じことを書いている人を見つけた。来日外国人列伝

岡島(G)・山本(YS)あたりが天敵で、三振のあと「お手上げだぜィ」みたいなゼスチャーを見せていたことがありました。


そうそう、そんな感じだったんだよ。お前だけじゃないさトニー、
Aロッドも、ジェイソン・ジオンビーもみんなお手上げだぜィ!

■ 二冠馬の末路

100円ショップ「シルク」でこんなもん見つけた。

ハルウララ?

100戦未勝利でも走り続ける高知競馬のアイドル・ハルウララを
肌身離さず身につけて、何らかの効果を期待するお守りだと思う。

しかし、透明な入れ物に入っているのは、鹿毛(明るい茶色)のハルウララには
どうしても見えない栗毛の馬体、そして赤むらさきの勝負服・・・。

見る人が見れば分かる。

これ、ミホノブルボンじゃん。

ブログに載せる用として1コしか買わなかったけれども、ブルボンの
後ろにはピンクの勝負服、黒い馬体に白いシャドーロールという
ナリタブライアン仕様や、オグリキャップ仕様、メジロマックイーン仕様
などもあって、製作者は「さすがに芦毛はマズいかな」という良識など
カケラも持ち合わせていないらしかった。

ミホノブルボンもまさか、無敗の二冠馬である自分の人形が、地方所属の
未勝利馬の名前に変えられて売られるとは夢にも思わなかっただろう。

■ 引きずり出されるハンカチ~東京六大学野球観戦記

5月5日の神宮球場第一試合は早稲田vs立教、Wの先発は須田。

Rの応援席では、
「おーい立教、ボコボコ打って、ハンカチ王子を引きずり出せ!」
というブロック(各校で呼称は違うがみんなで叫ぶやつ)が行われた。

これが試合の結末を暗示していることに、その時は誰も気づかなかった。

試合はWの4点先制で始まり、一方的な展開になるかと思われたが、
Rが意外な粘りを見せて中盤に得点を重ね、7対4、Wの3点リードで
9回ウラを迎えた。

おれは応援席の様子を知っていることから分かるように、最初はR側に
いたのだが、Rの応援席とは思えないほど混んでいたし(すごく失礼)、
1点取られたところで「おーい立教いまのなんかまぐれマグレ」、もう1点
取られて「おーい早稲田(『紺碧の空』が)うるさいぞ黙れ」など、
ブロックが幼稚というか痛々しく、共感できないので抜けていた。

さて9回ウラ、Wは一年生の速球投手・福井をマウンドに送った。
ブルペンには背番号16、ハンカチ王子こと斉藤佑樹。六大学野球では
翌日の先発予定投手や前日の先発投手も、「いつでも行くぞ」という
相手校への威嚇か、あるいは顔見せ的な意味合いでか、試合のある日は
神宮でしか練習できないためか、とにかく必ずブルペン入りする。

斉藤の投球練習もそういう日常風景のはずだった。

しかし、Wのリリーフ福井は制球が定まらず無死1、2塁のピンチを招き、
1点を失ってなお2死2、3塁。次のバッターに四球を許し2死満塁、
2球外れてカウント0-2になったところでようやくWベンチが動いた。

背番号16がダッシュでマウンドへ、ピッチャー福井に替えて斉藤!

ここまで場面が煮詰まるとハンパなピッチャーは出せない、という
ベンチの判断と思われる。明日の先発がきょうリリーフ登板である。

初球、140キロ直球、バッター見送ってストライク。
2球目、135キロのスライダー、空振りで2ストライク。
3球目、外角低めの変化球、一瞬空振りしたように見えたが、かろうじてファール。
4球目、145キロのストレートで空振り三振!!

結論:立教は試合前の宣言通りにハンカチ王子を引きずり出し、抑えられた。

■ シエラは何処へ

「海を渡る心眼投法~岡島秀樹~」で書いた岡島が大活躍している。
うん、おれも鼻が高いよ(誰だよお前は)。

週末のヤンキース戦で土曜日にA・ロッドを、日曜日はジオンビーを
三振に切ってとったから、アメリカ人も覚えたに違いない。

そういえば、ブログでアレを書いたすぐ後に衛星放送で岡島の特集をやっていた。
高校時代の秘蔵映像やら、美人の奥さんやら、岡島ファンは垂涎ものの内容で、
彼のターニングポイントとして「あの中日戦」をあげるあたりも好感が持てた。

その番組のおかげで分かったのが、あれは99年ではなく98年だったことと、
一回に三振をとった相手は立浪ではなく、立浪を歩かせたあとの井上だったこと。

あと記事を書いたときのイージーミスで、岡島が投げきったのは9回1/3
ではなく8回1/3だった。9回以上投げてどうする。すいません。

さて、その岡島ともしも対戦したら、200%外角のカーブを空振りするか、
引っかけてサードゴロに倒れるであろう、ルーベン・シエラは元気だろうか。

24歳の時に打点王に輝き「早熟の天才」と呼ばれた男。ややクローズドに
構えて足踏みをしながら投球を待ち、42歳にもなって高々と足を上げ、
大人気ないほど踏み込んでフルスイングする、野球をする楽しさを全身で
表現するようなプエルトリコ出身のメジャーリーガーである。

彼との出会いは2002年、イチローがシアトル・マリナーズへ移籍して2年目の年。
チームの大黒柱、史上最高の指名打者と呼ばれるエドガー・マルティネスが
故障で戦線離脱したとき、代役としてDHを張ったのがルーベンだった。

一本足打法が日本の専売特許だと思っていたおれにとって、左右両打席とも
ムキになって足を上げるバッティングは衝撃的だった。
もうイチローとか目じゃない。You are not eye!(某女子プロレスラーの名言)

ルーベンは1年でマリナーズを解雇になってしまい、日本のお茶の間から
姿を消した。何とも言えない喪失感を抱いていた2004年、松井秀喜の
メジャー・デビューに合わせるかのように、ルーベン・シエラは
かつてケンカ別れをしたヤンキースに戻って来たのだ!

40歳を目前にしても大人気ないバッティングは相変わらず、この年は
代打とスタメンを行ったり来たりしながら17本塁打!何をどうすれば
そんなに打てるのか。翌05年はヤンキースの開幕4番指名打者を務めた。

さて、どうもうまく行っていないのはそれからだ。ヤンキースを解雇された
ルーベンは06年の開幕をミネソタ・ツインズで迎える。去年のツインズは
地区優勝を達成し、日本でもポストシーズンのテレビ中継があったのだが、
ルーベンは代打でも全然出てこない。おかしいなと思っていたら、なんと
7月に解雇されていたのだ!

しかもその理由が、「ノースリーから打って出て凡退し、監督の逆鱗に触れた」
というもの。そりゃ、オマエ何年野球やってんだってなるわな。
(ちなみに、プロだけで22年目)

ルーベンは07年、ニューヨーク・メッツとマイナー契約を交わした。
49歳フリオ・フランコとの最高齢クリンナップとか、サブウェイシリーズで
左右両打席本塁打とか、あるぜ!がんばれルーベン!

■ 親分のものすごく古いたとえ

日曜の朝といえば、『サンデーモーニング』のスポーツコーナーである
「球界ご意見番」、いわゆる“喝&あっぱれ”だ。

屯田八郎が張本勲氏を尊敬しているのは何回か書いたとおりで、
毎週録りながら観ている。

昨日のハイライトはハリさんではなく、親分のコメントが最高だった。

メジャーリーグで、センターへの大飛球をフェンス際でジャンプ一番、
掴んだかと思ったら、浅くはめていたグローブが抜けて結局フェンスの
向こうに落ちてしまった。判定はもちろんホームラン。

ここで、いつものように「喝だこりゃあ!」が入ったが、問題はそのあとだ。

「死んでもラッパを放さない」って言うだろ。


戦前の「修身」教科書の定番キター!

ダイヤモンドバックスの中堅手にもぜひ聞かせてやりたい。

■ アンパイアが大バカで桑田が捻挫

ひどい!

どんだけ図体のでかい“路傍の石”だよ!

せっかくメジャーに残れそうだったのに…。
しかも、絶対こいつ謝らないとみた…。デービッドソンとかと同じタイプに違いない。
(アメリカの審判はボブ・デービッドソンしか知らないけど)

ゆるせない。くわたいじめるやつゆるさない。むきー。

■ 海を渡る心眼投法 ~岡島秀樹~

松坂は確かにいい。

昨日はフリー打撃に登板して、二線級の打者が相手とはいえ、
せいぜい七分の投球できりきり舞いさせていた。活躍するに違いない。

しかし、NSK的には松坂と同じくらい、いや上手くいけば松坂以上の
大活躍をするのではないかと期待しているのが、同じくレッドソックスに
移籍する前・日本ハムの岡島秀樹投手だ。

言わずと知れた元・巨人のリリーフエース、投げる瞬間にキャッチャーミットから
目を切り、ほとんど地面を向いてエイヤッと投げる。あんな投げ方で大丈夫か?
と思いきや、ワンテンポ遅れて二階から落ちてくるようなカーブがスポっと、
ストライクゾーンに構えたキャッチャーミットに吸い込まれる・・・。

誰が呼んだか「心眼投法」の岡島、心の眼を持つ球界でただ一人の男である。
(「心眼投法」は私設ファンサイトの名前にもなっていた。)

いやー、だいぶ褒めたぞ。でもホントに好きなんだ。
うちに岡島の下敷きがあるもん。


ちなみに岡島の制球が定まらずにカウントが悪くなっているとき、
コアなファンはこうつぶやくのだ。「今日は心眼が曇っているなぁ」と。

でもリリーフで一本立ちしてからの彼がフォアボールから自滅する場面は
ほとんどなかったと言っていいだろう。目を切ってストライクを投げるには、
正しい投球動作を身体に染み込ませることが必要不可欠だったに違いない。

フラミンゴ打法の王貞治、マサカリ投法の村田兆治、振り子打法のイチロー…

心眼投法の岡島は、彼らと肩を並べる「自分の型」を持った野球選手なのだ。

えーと、さすがに褒めすぎかな?

ついでなので、岡島が野球選手としてブレイクするきっかけとなった
試合のことを書きたい。

もちろん、彼の心眼は不断の努力の賜物に違いないのだが、2000年に
優勝チームのストッパーへ飛躍を遂げる契機となったのは、
1999年のあの試合、中日戦だったと思えるのだ。

その日、先発の斉藤雅は1回途中に太ももの違和感を訴えて降板してしまう。
代わりに急遽マウンドに上がったのが岡島、当然肩なんかできているわけもなく、
満塁のピンチを迎えるのだが、ここでバッター立浪を伝家の宝刀ドロップカーブで
斬って取り、そこから勢いに乗って9回1/3を零封で勝利投手となった。
気分的には完封したような改心のピッチングを披露したのだ。

あの試合、あの立浪の凡退こそ、岡島のターニングポイント。心眼開眼の日。

いやー好きな選手のことを書くのは楽しいな。

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(2011/2/8 up) Finetoday

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プロフィール

屯田八郎

  • Author:屯田八郎
  • 趣味は鼻唄、草野球。
    カイシャ5年もよく
    続いたけど、さよなら。

    好きなラーメンは野菜多め。
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